このシリーズで分かること
- なぜ神戸が関西最大の港になったのか? ←今回
- 異国情緒あふれる街の秘密とは?
- 観光からは見えない神戸の一面とは?
位置関係と地形から紐解く神戸
まずは地図を見ていきましょう!京阪神の地図です。
この地域は2000万人近くの人口を抱えており、さらに太平洋ベルトの一角を支える阪神工業地帯もあります。物と人の移動が非常に盛んです!このエリアの西端に神戸港は位置しています。
鋭い人はこう思うでしょうか?
- Q人口最大の大阪が最大の港にならなかったのはなぜ?
- A
たしかに地図を見ても、淀川の河口にあるのは大阪で明らかに大阪港が最大になりそうですが、それにはいくつかの理由があるんですね!一つずつ見ていきましょう!
ここで確認してほしいことがあります。
港が発達する条件
1.需要がある(大都市が近さ)
2.地理的条件が良い(大型船のための水深・波の穏やかさ)
ここからは一旦、二港の比較をしていきましょう!
大阪港の特徴
・1については、すぐ近くに大阪があり、そして淀川からの積み替えも有利。
・2については、大河川淀川が近くにあり、遠浅の海底で大型船が停泊しにくい。
神戸港の特徴
・1については、大都市である大阪を始め、需要が多くあった。
・2については、山が近くにあるので、すぐ近くが深く、大型船停泊に有利。
次は「歴史」の面から見ていきましょう!
明治の変革期に大成長した神戸
今や関西最大の神戸港ですが、江戸時代以前にさかのぼると、そうでもないのです。
ここからは、「なぜ神戸港が選ばれたのか?」そして「大阪港と神戸港の歴史」を見ていきましょう。
- 飛鳥~平安時代
遣隋使・遣唐使など大陸への出発地として、現大阪港周辺が使われていた。
→都(奈良・京都)から一番近い、当時は小さい舟なので遠浅でも問題なしだった。
- ラベル室町時代
足利義満が、日明貿易の港として、和田泊(現神戸港)を整備
→和田岬(下の地図:人工島の西側)が風よけになって舟が止めやすい。
- ラベル江戸時代
西日本の米の集積地、日本最大級の米市場が堂島(現大阪市北区)に開設される。そこへの輸送で、大阪港が発達!
→商人の街であり運河が多く、車のない当時にとって、米を運びやすかった。
- ラベル明治~大正時代
殖産興業の一環で、神戸港の整備が進められる。この時期に貿易額で全国4割を達成するなど、近代化が大きく進められる。
→急ピッチで大型船を泊められる港を作るときに、大阪港を掘るより、すでに深い神戸を港にするほうが都合がよかった。
分かりましたか?「人口最大の大阪が最大の港にならなかったのはなぜ?」
神戸港が発達した理由
1.明治期の政策で神戸が選ばれた。
2.選ばれたのは地形が理由だった。
ということだったんです。
この理由で神戸港は成長を続け、令和七年時点でも関西最大の貿易港として君臨しています。都市規模では大阪のほうが大きくても、神戸は貿易都市として関西を支える大きな役割を果たしています!
観光に行く際は、このことを思い出して神戸港を眺めてくださいね!ではまた次回!
次回予告です。
神戸といえばなんでしょうか?メリケンパーク、ポートタワー、いろいろありますが…
今回注目するのは、南京町と北野異人館!人気観光地の裏話に、少し変わった視点から注目してみます!神戸に遊びに行く人は必見、そうじゃなくても必見です!
▼出典・引用・参考文献など
神戸税関『神戸港の移り変わり』神戸港の移り変わり : 神戸税関 Kobe Customs
神戸税関『神戸港の移り変わり』貿易統計 : 神戸税関 Kobe Customs
アイキャッチ画像はNano Banana2よりこの記事を読み込ませて生成。

コメント